東京地方裁判所 平成11年(ワ)22268号 判決
原告 株式会社京都呉服ゆうき
右代表者代表取締役 小松敏彦
右訴訟代理人弁護士 鷹取信哉
被告 日新火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 黒谷孝行
右訴訟代理人弁護士 石橋英之
同 関泰宏
同 井上正義
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、二三〇五万一一二五円及びこれに対する平成一一年八月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、主位的に被告との間の動産総合保険契約にかかる保険事故が発生したとして同契約に基づく保険金を請求し、予備的に被告の指揮監督関係下にある保険代理店の不法行為により損害を被ったとして不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等(末尾に証拠等が掲記された事実は、これにより認められる事実であり、その余の事実は当事者間に争いがない事実である。)
1 当事者
原告は呉服販売等を目的とする株式会社であり、被告は損害保険業等を目的とする株式会社である。
2 保険契約の締結
原告は、平成八年九月四日、被告との間に、被告の取扱代理店である吉居総合保険サービス(吉居辰雄、以下「吉居」という。)を介して、次の内容の動産総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した(被告は、これにより、右契約に従い、すべての偶然な事故によって、保険の目的について生じた損害保険金を支払うことを約した。)。
(一) 保険の目的 高級呉服、反物及び毛皮等
(二) 保険金額 一億六〇〇〇万円
(三) 保険金の支払時期
被告は、原告から保険金請求書等の書類を受領した日の翌日から起算して三〇日以内に保険金を支払う。ただし、被告がこの期間内に必要な調査その他の手続を終了することができないときは、その終了後遅滞なく保険金を支払う。
(四) 免責約款(約款第四条六項)
被告は、特約ある場合を除き、直接であると間接であるとを問わず、台風、暴風雨、豪雨等によるこう水、融雪こう水、高潮、土砂崩れ等の水災によって生じた損害に対しては保険金を支払わない(以下「本件免責条項」という。)。
(五) 巡回販売契約特約条項(A号)
巡回販売の目的で保険証券記載の車両により保険証券記載の保管場所から搬出され、巡回販売を経てもとの基地に搬入されるまでの間に生じた損害に対して保険金を支払う。
3 事故の発生等
(一) 原告は、平成九年七月二五日、巡回販売のために、保険証券記載の各車両により、高級呉服、反物等を次の建物一階(以下「本件展示会場」という。)に搬入した。
(1) 所在 福岡市中央区今泉一丁目三八一番地二、三八一番地一、三八二番地、三八三番地、三八四番地
(2) 家屋番号 三八一番二
(3) 種類 駐車場、展示場、倉庫
(4) 構造 鉄骨造陸屋根九階建
(二) 同年七月二八日未明、折からの降雨(以下「本件降雨」という。)により、本件展示会場が浸水し、右呉服、反物等が水に濡れるなどして原告に損害が発生した(以下「本件事故」という。甲五ないし七、一六、乙四、証人吉居、原告代表者、弁論の全趣旨)。
(三) 吉居は、原告から本件展示会場において保険事故が発生した旨の連絡を受け、右同日午前一一時ころ右会場に赴いて鑑定人の手配を要請し、鑑定人は午後二時過ぎころに右会場に到着して写真撮影等を行ったことから、原告は呉服・反物等のトラックへの搬入を完了し、午後六時三〇分ころ右会場から引き上げた(甲一六、乙四、証人吉居、原告代表者、弁論の全趣旨)。
4 被告に対する保険金支払催告等
原告は、被告に対し、平成九年八月二日及び同年九月一七日に、早急に保険金の査定、保険金等の支払をするように催告したが、被告はこれに応じなかった。
さらに、原告は、損害の確定作業を経たうえで、平成一一年七月二九日、被告に対し、内容証明郵便で保険金として二三〇五万一一二五円を支払うよう催告し、右郵便は同月三〇日に被告に配達されたものの、被告は右保険金の支払を拒絶した。
5 被告による時効の援用
被告は、原告の本件保険契約に基づく保険金請求は、本件事故が発生した平成九年七月二八日から既に二年が経過した後である平成一一年七月三〇日になされたものであるから商法六六三条の短期消滅時効が完成しているとして、同年一一月九日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、右時効を援用する旨の意思表示をした。
6 原告の請求
原告は、被告に対し、主位的に、本件保険契約の保険事故に当たる本件事故により損害を被ったとして、同契約に基づく保険金請求として二三〇五万一一二五円及びこれに対する催告をした日の翌日から相当期間を経過した日である平成一一年八月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に、被告の指揮監督下にあった吉居の原告に対する不法行為により損害を被ったとして、民法七一五条に基づく損害賠償請求として二三〇五万一一二五円及びこれに対する弁済期後である右同日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。
二 争点
1 本件保険契約に基づく保険金請求について
(一) 本件事故による損害は本件免責条項に定める損害に該当するか。
(二) 原告の本件保険契約に基づく保険金請求権は時効により消滅したか(予備的抗弁)。
2 不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求について
(一) 被告は吉居の使用者であったか(被告と吉居との間に指揮監督関係があったか。)
(二) 吉居の原告に対する不法行為があったか
3 原告が本件事故及び吉居の不法行為により被った損害の有無及びその額
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1(一)について
(被告の主張)
(一) 本件事故の原因である本件降雨は本件免責条項の「台風、暴風雨、豪雨等」に当たるものであるから、本件事故による損害は本件免責条項に定める損害に該当する。すなわち、本件降雨は、一時間当たりの降水量としては福岡管区気象台の観測史上最高の九六ミリメートルというもので、この集中豪雨の結果、福岡県内各地で冠水や床上浸水などの被害が相次いだのであり、この異常気象が右条項の免責事由に該当することは明らかである。
(二) 本件免責条項の該当性は、降水量やその地方の防水設備の状態、人口の集中度、実際に発生した損害の程度等、自然現象によって生じるであろう損害を認定するための諸般の事情を総合考慮した上、個別的な事例に応じて決するほかない。本件では、確かに二四時間当たりの降水量は気象庁が定めている大雨警報基準に達してないとはいえ、一時間当たりの降雨量は福岡の観測史上最高の大雨であって、これまでの記録を大幅に更新したものであるから、福岡市には右のような雨量の集中を予定したような配水設備は備わっていなかったと考えるのが合理的である。
また、福岡市が都市部でも人口も集中しており災害による損害の発生の蓋然性も高いこと、実際に発生したとされる損害も相当に甚大であること、右損害の大きさからくる社会的影響も大きいこと等の事情をも併せ考えれば、本件降雨による損害は、保険会社の査定技術及び引受能力の点からして困難を伴うものであることは自明であって、これが免責事由に当たることは明らかである。
(原告の主張)
(一) 本件免責条項により免責となるのは、<1>台風、暴風雨、豪雨等に起因して、<2>こう水、融雪こう水、高潮、土砂崩れ等の水害が発生し、<3>以上の因果関係を経て発生した損害である。
(二)(1) 右「豪雨等」(豪雨又はそれに相当する自然災害)の解釈について、気象庁の用語法に依拠して決定すべきは当然である。これによれば、「豪雨」とは、一時間又は三時間の少なくとも一方の大雨警報基準を超え、かつ、二四時間の警報基準を超える大雨を指し、福岡市における大雨警報基準は一時間当たり五〇ミリメートル、三時間当たり一〇〇ミリメートル、二四時間当たり一五〇ミリメートルであるところ、平成九年七月二八日における最大降水量は、一時間当たりでは午前五時の九六・〇ミリメートル、三時間当たりでは午前五時から午前七時までの一一五・五ミリメートルであるから、本件降雨は一時間及び三時間単位の大雨警報基準には該当するものの、二四時間の降水量は一一七・〇ミリメートルに過ぎず、二四時間単位の警報基準には該当しない。したがって、気象庁の用語法からは、本件降雨は「豪雨」には該当しない。
(2) そして、福岡市の基準は右のようなものであるが、例えば和歌山県下(山地)における大雨警報基準(一時間当たり八〇ミリメートル、三時間当たり一五〇ミリメートル、二四時間当たり三〇〇ミリメートル)からすると、本件降雨は一時間単位の大雨警報基準を充足するに過ぎない。
(3) したがって、本件降雨が豪雨に当たらないことは明白であるし、右にみた程度であれば、それに相当するもの(「豪雨等」)と認めることもできないというべきである(なお、本件降雨が台風及び暴風雨に当たらないことは明らかである。)。
(三)(1) 右「水災」なる用語は、気象庁の定義する気象用語としては存在しないが、その字義からして、降雨に起因する気象災害の趣旨と理解されるところ、気象庁監修の気象年鑑にも、国立天文台編集の理科年表にも、本件降雨は気象災害として記載されていない。
(2) また、実際の被害状況をみても、福岡市内で雨の降り始めから午前九時までに合計八七本の一一九番通報が寄せられたこと、その大部分が住宅の浸水によるものであること、その真偽は定かではないものの、平成九年七月二八日発刊の讀賣新聞夕刊によれば、床上浸水は四二戸に止まり、その他の被害としては床下浸水二三七戸、がけ崩れ三か所の被害が発生したと報道されているに過ぎないこと、本件事故現場には床面から約三センチメートルの付近まで浸水してきたに過ぎないことが認められる。福岡県下の被害のうち、動産保険契約の契約当事者の下で発生した被害の件数が相当少ないことは容易に推察される(ましてや、被告が保険者となっているものの数はそのごく一部に過ぎない。)。
したがって、査定等の技術的困難性及び保険会社の引受能力の困難性を排除しようとする本件免責条項の趣旨に鑑みても、本件降雨による被害が「水災」に該当しないことは明白というべきである。
(四) よって、本件降雨により原告が被った損害について、本件免責条項に定める事由があるとはいえない。
2 争点1(二)について
(被告の主張)
保険金請求権の消滅時効の起算点については、保険事故が発生したときと解すべきであるから、本件保険請求権の消滅時効の起算点は本件事故が発生した平成九年七月二八日である。
(原告の主張)
保険金請求権は、保険の目的について損害が発生して初めて発生するのであるから(本件保険契約の約款一条)、降雨等が生じても、それから損害発生までに相当の時間を要する場合には、その期間中は、時効は進行せず、損害が発生して初めて進行する。
そして、本件保険契約における保険の目的は、高級呉服、反物及び毛皮等であって、その性質上、本件降雨によって浸水したからといって直ちに損害が発生するものではない。したがって、本件目的の特殊性から、呉服、反物等の乾燥が終わるまでは、客観的に損害が発生したとはいえないのであって、実際にこれらが乾燥し、原告において被害を確認し得たのは、本件降雨から相当期間を経過した後であるから、時効の起算日を平成九年七月二八日とする被告の主張は失当である。
3 争点2(一)について
(原告の主張)
(一) 一般に被告のような損害保険会社と吉居のような保険代理店との間にあっては、前者が後者に対して経済的、社会的に支配服従させる関係にあり、後者が常に前者の本来的ないし付随的業務を行っている。そして、前者が後者に対して圧倒的に優位する知識・経験を有することは明らかであるから、損害保険会社は保険代理店に対し、客観的に何らかの指揮監督をなすべき地位にあるというべきである。よって、被告は、吉居との関係で、民法七一五条の「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者」に当たるというべきである。
(二) 仮に「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者」を事実上(実際上)の指揮監督の下で他人を仕事に従事させることと解するとしても、本件においては、吉居は、保険代理店の付随的業務として本件事故現場に赴いたのであり、被告担当者(片岡)と連絡を取り合って本件事故による損害について鑑定の手配等を進めている以上、被告(片岡)は明示又は黙示的に鑑定人が到着するまでの間の原告との対応を全て吉居に一任したと認められるのであり、被告が吉居を事実上(実際上)の指揮監督下に置いていたことは明らかというべきである。
具体的には、被告(片岡)は、吉居が本件事故現場にいて、原告代表者に適正妥当なアドバイスをなし得る状況にあったことを認識していたのであるから、直ちに吉居から現場の状況を聴取し、同人をして、呉服、反物等の損害拡大を防止するように適切な措置を講じるよう指揮し、少なくとも鑑定人が到着するまでは現状を維持してもらいたいなどといった申入れをさせないよう指揮し、それを監視監督すべきであったのである。
したがって、被告と吉居との間には、指揮監督関係があったものと認められる。
(被告の主張)
(一) 被告と吉居との間に指揮監督関係はない。すなわち、被告と保険代理店である吉居との間には委任又は準委任の性質を有する代理店契約が存在するが、代理店は保険会社に従属する関係にはなく、独立対等の関係に立って業務を行うものであるから、代理店契約関係が存するからといって、使用関係が存するということはできず、被告と吉居との間には、他に特別の指揮監督関係も存在しない。
また、契約締結後の契約者と保険会社との間の連絡等のサービスは、純粋に代理店と顧客との信頼関係構築のためのもので保険事故に関する知識、経験の豊富な代理店が顧客への営業活動の一環として行っているに過ぎず、保険会社との間の契約上の義務に基づいてされているものではない。
(二) 本件の具体的な事実関係を証拠から検討しても、吉居が原告からの連絡を受けてから、本件事故現場での対応を終えるまでの間に、被告から何らかの指揮を受けて行動していたと認めるに足りる証拠はない。
4 争点2(二)について
(原告の主張)
吉居が本件事故現場に到着した時点では、簡易畳の上に呉服、反物等が並べられ、その中には平積みにされているものもあり、吉居は、これらの中には浸水した商品とそうでない商品があることを現認し、そのままにすれば水分を吸った畳や既に水が浸みた呉服、反物等を介して被害を受けていない商品に被害が拡大することを十分に認識していたはずであるから、保険実務に携わる吉居としては、鑑定人が到着するまでの間、現状をそのまま維持して欲しいなどと申し入れることは差し控えるべきであるにもかかわらず(むしろ、専門家たる保険代理店としては、積極的に着物、反物等を撤去するなど、できるだけ損害の拡大を防止するよう指示すべき義務があったというべきである。)、原告代表者に対し、損害の有無及び損害額を確定するため、鑑定人到着までは呉服、反物等を移動しないようにと指示し(原告代表者はやむなく同指示に従った。)、これにより濡れた呉服等の水が他の呉服等に移り、その結果として呉服、反物等の色落ちや色が移るなど、原告の損害を拡大させたのである。したがって、吉居の右行為には過失がある。
(被告の主張)
本件事故当日の吉居による原告代表者に対する指示は、もし良かったら動かさないで欲しいという程度のいわば打診に過ぎず、吉居が原告主張のような指示をした事実はない。
5 争点3について
(原告の主張)
(一) 原告は、本件事故及び吉居による不法行為により、次のとおり、合計二三〇五万一一二五円の損害を被った。
(1) 預かり品
<1> 福岡小林からの預かり品である大島訪問着等二八点(金額五七万八九七〇円)
<2> 大伍からの預かり品である色留等八点(金額一六五万一六五〇円)
(2) 原告の在庫品・附下外六四三点(金額二〇八二万〇五〇五円)
(二) 原告は、吉居の不法行為により、原告において浸水した商品とそうでない商品を早急に分別し、被害の拡大を防止することができなかったのであり、少なくとも右の全損害の三割(六九一万五三三七円)はこれにより拡大した損害である(民事訴訟法二四八条参照)。
(被告の主張)
原告の主張はいずれも争う。
第三争点に対する判断
一 争点1(一)(本件免責条項適用の有無)について
1 前記争いのない事実等のほか、証拠(甲一、二、五、一一、一二、乙二の1、2、三)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告の動産総合保険契約では、本件免責条項が定められている反面、保険契約者は、被告との間に、本件免責条項に定める損害(ただし、地震津波による損害を除く。)についてもこれを担保する旨の水災危険担保特約を締結することができるところ(なお、本件において、原告は被告との間に右特約を締結していない。)、損害保険約款等に関する文献である「損害保険実務講座」(乙第三号証)では、右特約と同様の特約について、台風、暴風雨、豪雨等の異常気象を原因として生じたこう水、融雪こう水、高潮、土砂崩れ等の事故による損害をてん補する特約であり、ここに列挙されている各種水災危険は、担保危険をこれらに限定するものではなく、代表的危険形態の例示であるとされ、異常気象について、いかなる基準をもって異常気象状況と判定するかが約款上に明示されていないのは、風速、雨量などの基準を設けて平常の気象状況と一線を画すると、測候所の記録に載らない局地的突風や集中豪雨などによる損害を救済することができないため、個別の事情により判定せざるを得ないからであるとされている。
(二) 福岡管区気象台作成の異常気象・気象災害原簿(甲第一一号証)では、本件降雨は、最大一時間降水量は九六・五ミリメートル(平成九年七月二八日午前五時五分まで)、最大一〇分間降水量は二三・五ミリメートル(同日午前四時四〇分まで)、最大日降水量は一一七・〇ミリメートルであり、「(平成九年七月)二五日に室戸岬の南海上を北上した台風第九号が中国地方を縦断して同月二七日午前二時ころに山陰沖に抜けた後、そこで停滞し勢力は次第に衰えたものの、台風を取り巻く雨雲が同月二八日明け方に九州北部にかかり雷を伴った大雨となった。この雨により福岡では、一時間降水量の最大値・一〇分間降水量の最大値ともに累年順位第一位を記録した(統計開始年一九三九年)。台風第九号は二八日午前六時に弱い熱帯低気圧に変わった。二八日、福岡市内では住宅の床上、床下浸水や崖崩れ、道路冠水などが続出した。市消防局によると、雨の降り始めから午前九時までに計八七本の一一九番通報が寄せられた。この大部分が住宅の浸水によるもので、市内全域で低地を中心に雨を排水しきれず、逆流するなどで床上・床下浸水の被害が相次いだ。」とされている(なお、気象庁予報部作成の予報作業指針〔甲第一二号証〕にも、平成九年台風第九号の概況及び被害状況として、同様の記載がある。)。
また、福岡管区気象台作成の証明書(乙第一号証)では、平成九年七月二八日の午前五時から七時までの毎正時ごとの降水量は合計一一五・五ミリメートルであったとされているところである。
(三) 平成九年七月二八日付の西日本新聞夕刊及び讀賣新聞夕刊(乙第二号証の一、二)では、本件降雨による被害等について、「福岡管区気象台は、記録的短時間大雨情報を出したほか、北九州地方を除く(福岡)県内全域に一時、大雨、洪水警報を発表し、『がけ崩れや河川のはんらんなどの災害に厳重な警戒が必要』と呼びかけた。福岡市の一時間雨量のこれまでの記録は、一九五七年八月三日の七三・二ミリ。県警の調べによると、(同日)午後一時現在の被害状況は、床上浸水四二戸、床下浸水二三七戸、がけ崩れ三か所など。」などと報道された。
2 右事実によれば、本件降雨は山陰沖に停滞していた台風を取り巻く雨雲による記録的な大雨・集中豪雨であり、その一時間降水量は九六・五ミリメートルと、福岡管区気象台における観測史上最高の降水量を記録し、これにより本件事故現場のある福岡県地方では住宅等に床上、床下浸水、道路冠水等の多数の被害が発生したことが認められるから、本件事故による損害は豪雨等によるこう水等の水災によって生じた損害であり、本件免責条項に定める損害に該当するというべきである(原告代表者の陳述書〔甲第一六号証〕には、本件事故当時、三越百貨店の建築途中であり、その工事の影響で排水溝が埋まっていたと聞いたとする部分があるが、右供述部分のみをもって、右排水溝が埋まっていたことが原因で本件事故が発生したものと認めることはできない。)。
なお、原告の主張するように、本件降雨が気象庁の用語法にいう「豪雨」の要件に該当せず、本件降雨による被害等が気象庁監修の気象年鑑、国立天文台編集の理科年表等(甲一三、一四、一七、一八)に気象災害として記載されていないとしても、右認定にかかる本件降雨の状況、これにより発生した被害の内容等に照らすと、これをもって、本件事故による損害が本件免責条項に定める損害に該当しないということはできない。
二 争点2(一)(被告の使用者性の有無)及び争点2(二)(吉居による不法行為の有無)について
1 証拠(甲五、一六、乙四、証人吉居、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 吉居は、平成九年七月二八日午前八時ころ、原告から本件展示会場で事故が起きた旨の電話連絡を受け、同人にとって原告は契約額が多額の顧客であることなどから、保険代理店の職務と顧客サービスを兼ねて、同日午前一一時二〇分ころ、右会場に到着して本件事故現場の状況等を確認したが、その際、本件展示会場にある呉服、反物等の商品の中には濡れているものと濡れていないものがあり、一部箱詰めにされたものもあったが、全体的にはほとんど片付けられていない状態であることを現認した。
(二) 吉居は、本件事故現場において、先に到着していた原告代表者(小松敏彦)と対応を協議したが、その際、原告代表者はこのままでは展示会ができないので商品は佐世保(原告本社事務所)に持ち帰りたいと話したものの、吉居としては、保険金を支払うことになれば被害状況について被告の鑑定人に確認をしてもらう必要があると判断し、同日午前一一時三〇分ころ、被告佐世保支店の担当者である片岡に鑑定人の手配を依頼し、午後〇時ころ、片岡から電話で、鑑定人の手配はついていないが、午後一時ころには目処がつくと思うのでそれまで待ってもらいたいと連絡を受けたことから、原告代表者にその旨を伝え、片岡からの連絡を待つこととなった。
(三) 吉居は、同日午後一時ころ、片岡から電話で、鑑定人の手配はついたが、本件事故現場に行けるのは午後二時か、三時ころになると連絡があったことから、その旨を原告代表者に伝えるとともに、鑑定人が来るまで、呉服、反物等の商品をそのままにしておいてもらいたいと依頼し(吉居としては、浸水による被害を受けた商品をそのままにしておいてもらいたいと依頼したに過ぎず、濡れていない商品等については原告において措置しており、あるいは措置するものと考えていた。)、原告代表者もこれに応じて、本件展示会場の商品をそのままの状態にして、被告の鑑定人の到着を待つこととした。
その際、原告代表者は、本件展示会場の商品には、濡れているものと濡れていないものがあり、時間が経過すれば濡れていない商品等にも被害が拡大することから、できれば濡れていない商品等についてはこれを片付けることにより被害の拡大を防止したいと考えていたが、吉居に対し、そのような話をすることはなかった(原告代表者尋問の結果中には、原告代表者が吉居に対し、濡れていない商品は早急に引き上げたいと話したとする部分があるが、右供述部分には曖昧かつ不自然な点があるほか、そのような事実はないとする証人吉居の証言に照らしてにわかに採用することができない。)。
(四) 同日午後二時過ぎころ、被告の依頼した鑑定人である有限会社福岡損保鑑定事務所の小野拓郎が本件事故現場に到着し、現場の状況等を図面化したり、写真撮影をするなどした。その際、原告代表者が同人に対し、商品を原告本社事務所に持ち帰り、修復可能な商品とそうでない商品を仕分けしたい、再度確認する際にはいつでも協力する旨の申出をしたところ、同人もこれを了承したことから、原告は、午後三時ころから三時間ないし三時間三〇分程度をかけて商品の搬出作業を行い、これを原告本社事務所に持ち帰った。
2 右の事実によれば、吉居は本件事故現場に到着した時点で、現場の商品の中には、浸水による被害を受けた商品とそうでない商品があることを認識していたこと、吉居が原告代表者に対し、鑑定人が到着するまで、商品をそのままにしておいてもらいたいと依頼し、原告代表者はこれに応じて商品をそのままの状態にして被告の鑑定人の到着を待つこととしたことは認められるが、吉居の右行為(申入れ)は、原告が濡れた商品と濡れてない商品を仕分けして、濡れていない商品を片付けることにより浸水による被害の拡大を防止することを禁ずるものではなく(原告代表者が吉居に対し濡れていない商品を片付けることにより被害の拡大を防止したい旨の話をしなかったことは右認定のとおりであり、吉居の陳述書〔乙第四号証〕では、原告代表者からその旨の話があれば、原告においてしかるべき措置をとってもらっていると思うとされているところである。)、浸水により被害を受けた商品について、いわば原告(代表者)の意向・対応等を打診・確認したに過ぎないものというべきであるから、吉居の右行為が原告に対する不法行為となるものとはいうことができず(吉居が原告に対し、積極的に着物、反物等を撤去するなど、できるだけ損害の拡大を防止するよう指示すべき法的義務を負っていたものとは認められない。)、他に吉居の行為が原告に対する不法行為に該当すると認めるに足りる証拠はない。
なお、被告の使用者性について付言するに、被告が損害保険会社であり、吉居がその取扱代理店であることは前記のとおりであるが、そのことのみでは、被保険者がする保険金請求手続、保険会社においてなすべき事故調査・確認手続等について、被告が吉居に対し、客観的に何らかの指揮監督をなすべき地位にあったということはできず、他に右手続等について被告と吉居との間に指揮監督関係があったものと認めるに足りる証拠はない(乙第四号証及び証人吉居の証言では、被告のような保険会社と吉居のような保険代理店との関係は対等であり、保険会社から代理店の経営等について何らかの指示があるわけでもなく、例え指示があったとしてもそれに従う必要はないし、保険代理店が保険会社の指揮監督に服しているというような事実は一切ないとされている。)。したがって、被告が吉居との関係で民法七一五条の使用者に当たるということもできない。
また、吉居が保険代理店の付随的業務の一環として本件事故現場に赴き、被告担当者(片岡)と連絡を取り合って本件事故による損害について鑑定の手配等を進めていたことは右認定のとおりであるが、そのことのみをもって、被告(片岡)が明示又は黙示的に鑑定人が到着するまでの間の原告との対応を全て吉居に一任し、被告が吉居を事実上(実際上)の指揮監督下に置いていたものと認めることはできず、被告が吉居をして呉服、反物等の損害拡大を防止するように適切な措置を講じるよう指揮し、少なくとも鑑定人が到着するまでは現状を維持してもらいたいなどといった申入れはさせないよう指揮し、それを監視監督するべきであったともいうことができない。
第四結論
以上の次第であり、原告の本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村田渉)